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2010年7月3日土曜日

asahi.com(朝日新聞社):「財政破綻したとき、誰が困るかご存じですか カルロス・ゴーンさんは日本からいなくなればいい」—菅首相 - 政治

一国の総理大臣の発言:
asahi.com(朝日新聞社):「財政破綻したとき、誰が困るかご存じですか」—菅首相 - 政治: "財政が破綻(はたん)したとき、誰が困るかご存じですか。あの大金持ちのカルロス・ゴーンさん(日産自動車社長)は、(日本から)いなくなりゃいいんですよ、簡単なんですよ。ギリシャの例を見ても、財政破綻したとき、年金をさあもらえると思ったら、「67歳からしか払えませんよ」と言われたら困るでしょう。仕事が続けられると思ったら、「あなたはクビですよ」と言われたら困るでしょう。財政破綻で一番困るのは、そうした年金を受給している人や、比較的所得が少ない人。その方々がダメージが大きいんですから。"

こういう言葉に、「わ〜い、そうだそうだ、その通り」と共感する国民が多すぎるのが問題。

ゴーンさんは「国民的英雄」だと思う。官僚主義で腐りきった日産は彼がいなかったら立ち直らなかった。

「あなた首ですよ」と言われたら誰でも困る。でも「あなた首ですよ」とならない社会は、何をやっても首にはならないと言うことで、もっとおそろしい。

菅総理大臣としては、こういう詭弁で国民に消費税増税を訴えているんだろうけど、こういう言葉を聞く度に、消費税の増税分は既得権益集団のお給料に化けてしまうのではとの懸念がますます強くなるな。

2010年1月2日土曜日

「人間の欠点は人間より先に死ぬ。敢えて保存しようとはしないこと」(アラン)

Nos fautes perissent avant nous. N'en faisons pas des momies.
Alain


カミさんがメールしてきた。あんた用の箴言だとのこと。そうかな〜。

2009年10月26日月曜日

「鳩山演説に熱狂する聴衆はまるでヒトラーユーゲントみたい」(谷垣禎一)

これは一応「名言」。抽象的な総論ばかりだが、ニッポン人はよく抽象的な言葉に熱狂し、ヒステリーみたいに踊るのである。酒井法子に対する国民大衆のリンチ根性を見てもわかる。これこそファシズムの始まり。

誰にも反論できない「総論」をまずぶちあげ、その後で自分の都合のいい「各論」をどんどんやっていく。反対する人が現れれば「あんたたちはわたしの最初の総論に賛成していたではないか」と言ってねじ伏せる。これはニッポンの農水族がノーソンへのバラマキと利益誘導をする際に戦後一貫した使ってきた常套手段だった。

鳩山由紀夫もそのへんをよく見て育ったからよく知ってるわ。



2009年1月28日水曜日

麻生太郎「施政方針演説」……なかなかよかった!

ダメな総理大臣の代表となってしまった麻生太郎だが、今度の施政方針演説は簡潔で明快なのでよかった。全文:
【施政方針演説全文】(3) (1/3ページ) - MSN産経ニュース

特に「平成の農地改革(所有から利用)」を明言したところがいいな。

現在ニッポン農業の根本問題は土地所有問題にある。稀少農地が極端に細分化され、しかもその地主の権利が極端に保護されているのが諸悪の根源なのだ。今のニッポンの農政は、まるで団結小屋でメガホンで叫んでいる「成田空港の一坪地主」に日本中が振り回されているような状態。趣味の園芸に徹する「一坪地主(0.2ヘクタール以下の零細農家)」でも年収500万円ぐらいの総所得がなんやかやで保障されている。コストを払うのは都市勤労者。これではどうしようもないのである。

2009年1月13日火曜日

「”ヒマあり、カネなし”の時代には本を読むのがいい」(鹿島茂)

今晩の日経夕刊「プロムナード」コラムで鹿島茂センセーが名言を。その通りだな。でも鹿島茂が言うように、あんまりいい本が出版されないのが問題。古本でいくか。

抜粋:
  1. 正月の神保町はゴーストタウン。ニッポン人は休みを取りすぎ(注:これ国際統計ではそうなっている。日本の休日の多さは世界一)。でもこれも大不況下の生産調整を考えるといいことか。
  2. いまの不景気で、ニッポン人は「カネはないけれどヒマだけはある」という状態に追い込まれた。バブル期の「カネはあるけどヒマがない」というのとちょうど逆の現象。
  3. ではこの日本人にとっていちばん都合のいい時間の過ごし方は何か。読書だ。読書ほどカネのかからない暇つぶしはないからだ。
  4. でもいまのニッポンの出版界には良書作りのノウハウがないな〜。
おっしゃること、いちいちごもっとも。おいらもすっかりビンボーになったので今年は本でも読んで暇つぶしをしようかと思っている。アホな新刊本や稀覯本なんかを買わない限り、ほとんどお金がかからない。農村既得権集団に搾取される心配もない。

いま読んでいるのはメルヴィルの『白鯨』。岩波文庫で新訳が出ている。とても読みやすいのでおすすめ。やたら聖書の引用が多いので、旧約聖書も一緒に読まねばならないが、これも面白い。

昔のバビロニアでは、王様は「言うことを聞かないとお前を殺して、お前の家は厠(便所)にする」との脅しを連発する。古代イラクでは、トイレは家の外に作られていたのだ。勉強になるな〜。



2009年1月12日月曜日

「安さだけで買うな、生産者を応援しよう」(小山薫堂)……そう思うのは勝手だが、それを他人に強制するな!

今朝の日経「領空侵犯」インタビューで小山薫堂が「迷言」を披露している。曰く:
  1. 安さだけでは買うな。(食べ物などで)異常に安い商品は倫理的におかしい。
  2. 消費者は倫理観を持たねばならない。義務教育で教えるべきだ。
  3. ときには「無駄遣い」も必要だ。定額給付金で無駄遣いをしよう。
  4. 嘗てソニーのAIBOを三台買った。得したことはなかったがロボット文化を応援できて満足だ。
自分の信念で自分のお金をどのように使おうとそれは個人の自由である。しかし他人にそれを強制するな。

ニッポンの農家を応援したいから、またニッポンの農村文化を守りたいからといって高い国産農産物を敢えて買う人が悪いとは言わない。これは個人の信教の問題だ。ふるさと納税と同じで、これは一種の寄付行為である。

しかしそれを国民全員に強制するのは大問題である。信教の自由の否定どころか、特定宗教をみんなに強制することと同じで全体主義的な考え方であるからだ。

外国からの輸入農産物に不当に高い関税をかけたり、非関税障壁でもって締め出したりして、国民全員に「国内生産者への応援」を強制する現行システムは、個人の信教と選択の権利を否定するものであり許し難い。

ノーソン文化が大好きなのでそれを応援したい人は応援すればいいし、生産性向上の努力もせず高いコストはそのまま消費者に転嫁するのが正しいとする農村既得権集団なぞは応援したくないと思う人は応援しなくてもいいという選択の自由が認められるべきである。

2009年1月9日金曜日

「ニッポンの成人式は、お酒やタバコなどの”おたのしみ”の解禁ばかりが強調されがち。成人させちゃっていいのかしら」(佐光紀子)

今日の日経夕刊で佐光紀子がまた名言を。その通りだと思う。

抜粋:
  1. 月曜日は成人式。諸外国では成人になるということは学校や家庭で学んだことをしっかり身につけ、生活を律していく「儀式」。
  2. ところが残念ながら日本ではお酒が飲めるようになるとか、たばこが吸えるようになるとか、「おたのしみ」が解禁されることばかり強調されすぎ。成人させちゃっていいのかしら、なんて思う。
  3. 米国の子供は、早くから子供に家を出るように言い聞かせるので、子供はプレッシャーを感じているようだ。「18になると家を出なくちゃいけないと思うと、大きくなるのがつらい」と友人の子供(米国の小学生低学年)が言ったのは、正直驚きだった。
  4. それにくらべてわが家の新成人はなんてのんびりしているの。もっと新聞を読んで自立して貰わなくっちゃ。

一見どうでもいいことのようだが、この差は危機の時に出てくる。生存能力の差となって現れるからだ。はやくからいつホームレスになるかも知れないという危機感のなかで育った子供たちと、ホームレスにもなる勇気もなく親元で「引きこもり」になる「地球に優しい」ニッポンの子供たちと、真剣勝負ではどっちが強いのかは明かだろう。昨日紹介したサイバラの本はもっとニッポンのこどもたちに読まれるべきだと思う。

2009年1月6日火曜日

「東京のホームレスは真面目じゃないという発言は撤回する、でも地方活性化のためには俺は辞めない」(坂本哲志)

例の「派遣村」への侮辱発言。熊本3区の坂本哲志代議士はこう弁明する:
asahi.com(朝日新聞社):派遣村発言、坂本政務官が撤回「実態把握してなかった」 - 社会: "東京・日比谷公園の「年越し派遣村」について、「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まっているのかという気もした」と述べた自民党の坂本哲志・総務政務官(58)=衆院熊本3区=が6日、釈明会見を開き、発言を撤回、謝罪した。ただ、「地方を活性化させるために職責を全うしたい」と語り、辞任の考えはないことを強調した。"
要は「東京都民の生活が悲惨だというのは三味線だと言ったのは言い過ぎだったが、もっと都市部のお金を搾り取ってイナカにばらまけと言う自分の主張は止めない」と言うこと。呆れてものがいえない。

イナカでは世界大不況はどこ吹く風かとまだまだお金が溢れている。この番組を見てもそれがわかる。イナカ(鹿児島県)のスーパーでは、正月だけでクルマを80台も売ったという:
クローズアップ現代 NHK"日本経済が大きな試練に直面する中で、2009年、各企業の社長はどう経営を舵取りして新たなチャンスをつかもうとしているのか。各地のスーパーが軒並み苦戦している中で、健闘しているのが「価格は安く、しかし消費者が得した」と思える商品をそろえるスーパーだ。"
いくらなんでも、すごい数字だ。

世界大不況で、たいへんな苦難を味わっているのは都市住民だ。特に、いままで日本中を食わせてきた輸出産業に従事する勤労者は悲惨だ。一方、今まで輸出産業に食わせて貰ってきて貰いながら、政治的に生活を守られているイナカではそんなことはない。農業収入は保証されているし、ほとんどの農家(兼業農家)では、家族内に身分を保証されている公務員を抱えている。自分で食うコメはタダだし、公務員の至れれりつくせりの収入が加わる(しかも地方公務員の給料は大都市住民が払う税金でまかなわれる)。一生食いっぱぐれがないのだ。イナカでは「世界大不況なんかどこ吹く風」。スーパーでクルマも売れるわけじゃ。

ニッポン経済には扶養家族が多すぎる。扶養家族は「内向きでどこが悪いの?」と扶養家族の特権を主張するし、このままではニッポンは落ち目向かってまっしぐら。日本株はやっぱり売りだな。

2009年1月5日月曜日

「日本の若者は英語の語彙を増やせ」(岡本行夫)

今朝の日経「世界この先」インタビューで岡本行夫が言っている。その通りだと思う。

抜粋:
  1. 米国のことをダメだと言っても、世界を引っ張っていける国はほかにない。中国はアジアで圧倒的な経済大国になっていく。
  2. われわれはこの事実に心理的に対応できていない。懸念しているのは日本が国際社会で異端視されていくことだ。これはすでに始まっている。
  3. 日本は自分の居場所を確定すること。今は立ち位置を決めず、役割の拡大ばかりを求めている。まず何をする国なのか決めるべきだ。
  4. 日本人はみんな内向きになっている。世界に対する関心の低下は危機的な水準にある。
  5. 日本の若者は英語を学んで欲しい。特に語彙を増やして欲しい。帰国子女のような流ちょうな英語でなくてもいい。必要な単語を知っていれば自分の思想を妥協せずに伝えられる。語彙がない人間は思想を妥協させてしまう。

すべて名言である。特に日本の若者の語彙力の低下はひどいように思う(テレビぐらいでしか聞かないけど)。へんな「英会話」こそが英語が出来ることだという迷信がはびこったためだ。日常会話なんか出来なくとも一向に構わない。国際コミュニケーションでは、意味のはっきりとした(articulate な)「決め単語」をどれだけ知っているかが勝負なのだ。これは「英会話」なんか出来ないエンジニア同士の国際間の議論が専門のテクニカルタームだけをつなぎ合わせることだけでうまく行ってしまうことでも明らかである。

西欧語圏の人たちにはこの語彙不足の問題はない。むつかしい単語ほど(ラテン語ギリシャ語が語源であり)万国共通であるから。日本人の場合は最初からそのハンディがある以上、外国語教育もその実情に合わせてやらねばならない。

2008年12月31日水曜日

「来年以降、退職した団塊の世代を低賃金でこき使えるので経営環境は企業に有利になる」(堺屋太一)

今日の日経「経済教室」に、堺屋太一御大が「2009年の日本経済」として寄稿されている。いろいろご託宣。備忘録としてメモ。

抜粋:
  1. 08年の金融危機とは、ひと言で言えば、1970年代からのペーパーマネー体制の崩壊。ペーパーマネー体制のもとに米国は工業社会から知価社会への転換をはじめた。ドルの垂れ流しに見合ったドルの需要(つまり借り手)があったのでドルの価値は保たれた。80年代にはジャンク債、90年代には、ロシアや中南米、東南アジア。それがダメになるとIT産業。それもダメになるとサブプライムローン。でも今後サブプライムに代わるほどの大型の借り手はもう現れないだろう。つまりペーパーマネー体制は崩壊したのである。
  2. 今の危機のパターンは10年前に日本が経験したもの。おいらが経企庁長官として対策の総指揮を執った。いま世界各国がそのやり方を真似している。
  3. 米国人の考え方(「先に費って、あとで返す」という思想)は逆戻りしない。今後自動車産業などの規格大量生産型の製造業は決定的に整理されて「全(まった)き知価社会」が出現する。三年はかかる。景気腰折れの二番底に陥る危険が大きい。
  4. 中国の不況は工業化の過程で起こる初期的調整。一年で急回復する。
  5. 日本。円高と高齢化は企業にとって有利。日本の市場はまだまだ閉鎖的で輸入品の値下がりが消費者価格になかなか反映されないので、相当の部分が企業の懐に残る。
  6. 高齢化だが、09年には団塊の世代の退職が完了する(年功序列賃金体系から卒業する)ことで、団塊世代の労働力が年功にとらわれない低賃金で大量に供給されることとなる。タクシー業界が良い例。退職した高齢者が低賃金でタクシー運転手として働いている。多くの分野で同様のことが生じる。企業には利益、消費者には物価安とサービスが提供される。

いつまでも可哀想なのは団塊の世代だ。その「名付け親」からもこういった冷たい目で見られている。まあ、最初から最後まで「働き蜂」を続けるしかないか。ニッポンには扶養家族が多いもんね。

2008年12月30日火曜日

「途上国では、お金を配った人が選挙で当選する」(元駐日中国大使、陳健氏)

今朝の日経一面の「次の世界」インタビューで元駐日中国大使の陳健氏が言っている。内容は常識的でまとも。一読おすすめ。

抜粋:
  1. 今回の金融危機は国際秩序に変化をもたらすが、現時点で米国が衰退したとはいえない。近い将来米国にとって代われる国はない。
  2. 米国は、科学技術や人の創造性に優れているだけでなく、世界の知力を吸収するのに長けている。ここは中国と日本とは違う。
  3. 中国の外貨準備の大部分はドル資産。米国が強大な存在であり続けるのは中国にも有利。
  4. 多党制や民主選挙などの大原則は先進国に適しているが途上国では誤りになる。きちんとした教育がなくお腹いっぱい食べられない国ではお金を配った人が選挙で当選する。西側の誤りは西側で成功したことが他国でもかならず成功すると思ったことだ。
  5. 中国は一人あたりGDPで途上国。少なくとも20−50年間、あるいは更に50年間かかって先進国になるというのが自然なプロセスだ。その前に先進国の役割を担うというのは理屈に合わない。
  6. 中国人と日本人は競争意識という心理状態から抜け出すべきだ。欧州は協調して歩んでいるように、日中も共同して東アジアの発展を主導しなければならない。

「自分に都合のいいことばっかり言って」と立腹する人はまだまだ修行が足らない。自分に都合のいいことを、如何に論理的で説得力にある形で提示できるかが、外交勝負の分かれ目。おまけにこの見方は、一見身も蓋もないみたいだけれど、正確で正しい。ご立派という他はない。

それにしても「お金で票を買う」というのは、どっかの「先進国」でもそうだな。与野党ともに「イナカ票大買収作戦」で選挙に挑もうとしている。原資は株価大暴落で困窮している都市住民が払う税金だ。あの国は途上国なのかな。

2008年12月29日月曜日

「高速道路の事故渋滞は事故車両が撤去されれば解消する」(住友商事、加藤進社長)

今朝の日経「人こと」コラムで、住商の加藤社長が世界経済を語って掲題の言葉。これは名言である。

必要以上に「空元気」を出すことはない。同時に必要以上に悲観的になるべきでもない。資本主義は、バブルと恐慌の繰り返しである。これは心臓の鼓動みたいなもんだ。人類の文明はそれで死に絶えたりなんかしなかったことは歴史を読めばわかる。各国ベースで見ても恐慌で滅んだ国はない。むしろ元気で伸び盛りの国である証拠。回復にどの程度時間がかかるかはいまだ不透明ではあるものの、必要なことをひとつずつやっていけば、高速道路の渋滞と同じで、かならず正常化する。

世界を見回してみても、必要とされる投資はほとんど無限にある。最貧国の貧困問題は言うに及ばず、「先進国」日本でも都市部の生活環境の整備が(都市景観も含め)大幅に立ち後れている。あんな国際空港や国際貿易港は先進国として恥ずかしいし、都市の道路は劣悪で電線と電柱が立ち並んでいるし、住環境は最悪。やることはほとんど無限にある。それをファイナンスするお金は日本に存在するにかかわらず、遣われずに眠ったまま。不況が続くことは「合理的」ではないのである。

どの程度回復に時間がかかるかは予測屋の仕事であるが、とにかくそれまでに死んでしまっては意味がない。いい日を再び見るためにも各自の「長期間生存能力」が問われている。利権集団を儲けさせるだけのキリギリス的ライフスタイルを続けておれば確実に春まで生き残れないだろう。現下の不況は生き残り能力を養ういい機会でもある(若い人なら生きているうちに新たな大不況にかならず出会うことになるから、ここで訓練しておいたほうがいいのである)。

ガマガエルみたいにしばらく冬眠するか。

2008年12月8日月曜日

麻生太郎:「世界の宗教の7割では、労働は"罰"」

さすが耶蘇教徒の麻生太郎は、聖書に詳しい:
NIKKEI NET(日経ネット):首相「7割の宗教で労働は罰」 日本は「善」と認識: "麻生太郎首相は7日の熊本県天草市での演説で、高齢者雇用問題に触れた中で「世界中、労働は罰だと思っている国の方が多い。旧約聖書では神がアダムに与えた罰は労働。旧約聖書、キリスト教、イスラム教、足したら世界の何割だ。7割くらいの宗教の哲学は労働は罰だ」と述べた。日本については「天照大神が高天原を見たら神々は働いていたと古事記に書いてある。我々は働くのは正しいと思っている」と指摘した。"
確かに神様はアダムに「労働」、イブには「出産」という罰をお与えになった。

病院の分娩室を英語で「レイバールーム」というのは、ここから来ている。「労働」という言葉のラテン語源も、そもそもは「拷問」と同じ。分娩も労働は苦しいことなのだ。出来ればやめたい、これ人類の常識。だからこそ苦しいことを少しでも楽にさせるべく、いろいろ工夫がなされた、これぞ人類の進歩。

麻生太郎はどこまで考えているのかは知らないが、これを勝手に「ニッポン万歳」ドクトリンにこじつけてしまった。古代日本ではそこまで考える人がいなかっただけで、あまり頭がいいとは思えない(安倍ボクちゃんよりは教養がありそうだが、所詮知ったかぶりのお坊ちゃん)。内閣支持率が急降下しているのも、むべなるかなである。

2008年12月3日水曜日

「今年はおせち料理は作らない!」(板橋区の女性)

世界大不況への対処の仕方につき日経で拾った名言:
NIKKEI NET(日経ネット):雇用・家計、凍える師走 「お節料理も作らない」: "東京都豊島区の「ハローワーク池袋」には、仕事を求める人が早朝から訪れた。生後3カ月の子どもを抱きながら求人情報を眺めていた板橋区の女性(33)は夫が印刷業を経営。「この不景気でいつ仕事がなくなるか分からない。年末が乗り切れるかどうか……」と仕事を探しに来た。育児費用がかさむ分、日々の食費を切り詰めているといい、「今年はお節料理も作らない」ときっぱり。"
こういう不況対応力のある女性が居る限りニッポンは大丈夫。ニッポンもまだまだ捨てたものではない。

今晩のNHKローカルニュースでは「PC」なアナウンサーが「不況であってもおせち料理は豪華に食べましょう」と言っていたが、アホか。NHKは国民がイソップのキリギリスになるのを薦めているのか。この不況のなかでは、当然、節約節約でいくのが正解だ。農村商業主義に毒された高い「おせち料理」とやらを買ってあいつらにぼられることとおさらばするいい機会だ。

本来、日本の家庭では正月にあんな(いわゆるおせち料理という)豪華なものは食わなかった。宮中の正月献立も餅とミソを基本としたごく質素なものだ。散人が子供だったときもそうだった。もちろん数の子は出たが、当時は、数の子は田圃の肥料にするぐらい安い食材だった。「暮らしの手帖」が正月には伝統の「おせち料理」という質素なものではなくもっと栄養がある合理的で美味しいものを食べましょうという特集を組んだぐらいだ。

おいらも、新年にはおせち料理は必要最小限にとどめる所存。オリジン弁当かなんかで売っている一食分で充分以上だ。この非常時、贅沢は敵なのである。第一、あのおせち料理とやらは、美味しくないうえに高すぎる。食い物にこだわるのは、社会的上昇階段を閉ざされて心理的に屈折し、高価な食い物にこだわるしかなかった「札差し」と同じで、カッコが悪い。

2008年12月1日月曜日

「NHK」と「プロジェクトX」と掛けて「万引き」と解く、その心は?

なんでもNHKの「プロジェクトX」の元統括プロデューサーが万引で逮捕されたらしい(ここ)。どういう関連があるのだろうか?

「プロジェクトX」はいい番組だった。なによりも制作者の熱い思いが伝わって来た。関係者の思い入れの強さがよくわかる番組であった。この統括プロデューサーも必死で製作に励んだのであろう。でも万引きなんかをすることになった。

どういう関係があるのだろう? 何の関係もないと断言するのは「科学的」じゃないと思う。これは解明するべき一大問題であると思う。

でも「ソー・ファー」いい回答が見つからない。万引きの犯罪者心理についての知識が不足しているからかも知れない。スリルを求めてやったというのは年齢的に考えにくい。なんだろう。

たぶん店頭の商品について「これは正当に俺のものだ」という意識がどこかにあったのだろうと思う。「これだけ俺が一生懸命やっているのだから、当然社会はそれ相当の見返りを用意してくれて当たり前だ、ところがNHKの「薄給(?)」ではそれに答えてくれない、これはおかしいのではないか、万引きぐらいして見返りを貰わないと割に合わない」と思う心情があったのではないか?

一生懸命やっていたのは認める。でも、それは自分が期待するほどの報酬には必ずしも結びつかない。それが世間というものだ。それをわからずして「おいらは一生懸命やっている、だからそれに見合う金銭的見返りがあってしかるべきだ」と考えるアホがニッポンには多すぎるのである。でも、これはNHKと「プロジェクトX」などの看板番組がばらまいてきた「価値観」でもある。この誤解は、まさに「NHK的問題」であり、ニッポン・システム全体の問題でもある。

一生懸命やっているだけで人並みの報酬がもらえるなら、ネコでもイヌでも、ニッポンの平均所得を貰う権利があることになる。

2008年11月21日金曜日

マンガ文化が日米関係を脆弱化させた(天木直人)

天木大使が怒っている。マンガが日米関係をダメにしたと、読売新聞に寄稿された米国学者の意見を引いて嘆いておられる:
[2008.11.20] ここにもあらわれてきた米国の日本軽視ー日本の伝統文化に興味を示さなくなった米国 | Blog(ブログ) | [公式] 天木直人のブログ: "米国での日本に関する焦点がポップカルチャーになったという事は、米国人が日本の社会、経済、政治といったまじめな事項について話さなくなった事を意味する。"
この意見はまともである。事態はかなり深刻だ。

引用されているところを引用しておくと:
11月20日の読売新聞「論点」に米国の学者が興味深い事を書いていた。

 その筆者はマイケル・オースリン(41歳)という元エール大学准教授で、現在はアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所というシンクタンクの研究員である。

 彼は言う。

 過去200年にわたり米国人は、版画や生け花に魅了され、仏教や儒教の教えに関心を深めた。黒沢明の映画はジョージ・ルーカスに影響を与え、日本庭園の美は全米に広がった。日本文化への関心は、日米関係において重要な役割を演じてきた。つまり、米国は日本を重大な国と受け止めてきた。
 (ところが)今日の日米関係は、劇的に変わった。米国人は日本文化を真剣に見つめるのをやめてしまった。米国の若者は黒沢映画のかわりにアニメを見るようになり、大学のなかには源氏物語や安倍公のかわりに漫画を読ませるところもでてきた・・・
  米国での日本に関する焦点がポップカルチャーになったという事は、米国人が日本の社会、経済、政治といったまじめな事項について話さなくなった事を意味する。
 更に憂慮すべきは、米国で日本の言語、歴史、社会を理解する専門家の数がどんどん減っている事だ。大学でアニメの講座をとった学生たちが、日本を真剣な研究対象とみなす可能性は低い。(そのような米国人が)日本が日米同盟において偉大な役割を果たしている世界的大国と考える事はあるまい。
 米国の政策や米世論に影響を及ぼすことのできる日本専門家が米国にいなくなれば、将来、重大な問題が起きた時、米国が日本を緊密なパートナーとして頼りにする可能性は少なくなるだろう。
 これは日米関係にとって悲劇だ・・・

天木氏はマンガ外交を進めた麻生太郎(当時外相)とその手先になって動いた外務省が悪いと追究されるが、それはさておき、ずっと「サムライの国」とか「軍国主義の国」とか「猛烈ビジネスマンの国」として畏れられていた日本が、いまや内向きの「ポップカルチャーの国」ということになっている。平和で人畜無害でよかったねと言うことだが、軽く見られるようになったと云うことは否定しがたい事実。

思うに、一種の「反体制運動」もしくは「権威に対する斜めの姿勢」として始まった日本の漫画カルチャーは、今や内閣総理大臣までもを巻き込む勢いでエスタブリッシュメント化してしまった。マンガが「体制化」してしまった時点で(大衆化したゴルフと同じで)本来の意味で(大人への反抗という意味で)マンガを読む意味がなくなっていたのである。

大学生や成人のビジネスマンが電車のなかで堂々とマンガを読むような社会は、みっともいいものではない。まともな人からはあまり相手にされない。「マンガは新しい芸術だ、おいらはえらいんだぞ〜」と牽強付会するのは、所詮マンガだ。

2008年11月19日水曜日

麻生太郎:「社会常識に欠ける医師が多い」……??

NHKニュース 首相 社会常識欠落の医師多い: "麻生総理大臣は、総理大臣官邸で開かれた全国知事会との会合に出席し、地方が抱える医師不足の問題について、みずからの考え方を示した際、医師のことを「社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言しました。"
発言はその後すぐに本人自ら撤回。でも、そもそもなにを言いたかったのだろう。

麻生太郎の言う「社会的常識」というのがなにを指すのか興味深いところ。いろいろな意味で面白い展開になったと思うので、もっと議論を深めるべきであったと思う。

人が「常識」という場合、それは「思いこみ」である場合が多い。「KY」というのもだいたい同じことで自分たちが勝手に常識と決めつけていることが正義だと信じていることから起こる集団主義の弊害。

ブラックバス殺戮主義者や環境エコロが自分らの主張の科学的弱点を指摘されると「あんたたちは無知で幼稚だ」と逆ギレするのも同じである。自分たちこそが無知で幼稚であるかも知れないという懐疑主義は、一切思考の外に排除されるのだ。

ニッポンにはこう言うのが多い。たいていはノーソンのウヨだ。ウヨはアホだから、すぐに激高して人まで殺す。

2008年11月11日火曜日

兵庫県知事:関東大震災が起これば関西にチャンス

不適切な発言だと、全国の「PTAおばさん」達がいっせいに反発:
NHKニュース 兵庫県知事 チャンス発言釈明: "兵庫県の井戸知事は、11日、和歌山市で開かれた近畿ブロックの知事会議で、関西経済をめぐる議論の中で「関東で震災が起きればチャンスになる」と発言しました。"
日頃、不適切発言ばかりする大阪の橋下知事も「これは不適切だった」とコメントしているが、そうなのかな〜。

スポーツを観ればよい。「敵失は味方のチャンス」じゃないか。普段の生活でも「隣の不幸は一番のおかず」と庶民の食卓は盛り上がる。当たり前のことではないか。これ常識。

NHKなどのマスコミは、あまりに「みんな一緒にお手々つないでゴール」という最近の風潮に毒されている。

誰かが得すれば、誰かが損をする。これ経済の常識(拡大均衡は昔の話)。それなのに都市住民(特に東京都民)は、自分がぼられていることにいまだに気がついていないでいる。だから、ぼられっぱなしだ。

兵庫県はもともと大阪の富裕層が阪神間に移住したので豊かになった県。このへんの「ゼロサムの原理」をよ〜く理解している。敵ながらあっぱれである。

2008年10月29日水曜日

NHKニュース:「韓国人の“オンナ”三人を……」

今やってたNHK首都圏ニュース。韓国人の“女”三人を不法入国させてホステスとして使っていたとしてバーの経営者が逮捕されたという。アホな「ポリティカリーコレクト」大好きのNHKとしては、普通は“女性”と言うのが正しいのではないのか。でも、韓国人に限っては“オンナ”でいいらしい。

「ポリティカリーコレクト」大嫌いな散人としては「オンナ」で全く問題がないと思うが、NHKの「女性」と「女」の微妙な使い分けが気になる。NHKは日本人女性に対しては、凶悪犯人でもない限り、「オンナ」とは言わない。「女性」というのが正しい用語(らしい)。韓国人だから、被害者であるかも知れないのに拘わらず、平気で「オンナ」というのである。

NHKは、やっぱり人種差別丸出しの、ファシスト的ヒャクショウ放送局だ。NHKのおかげで「ヒャクショウ文化」が日本を覆い尽くすことになるのである。

2008年10月23日木曜日

「団塊の世代は貧しい老後を経験する始まりの世代」(大西宏)

これは名言集に収録:
大西 宏のマーケティング・エッセンス:新幹線が年配の人たちで混雑している - livedoor Blog(ブログ): "団塊の世代は、最後に賃金調整を受けた人、さらにバブル崩壊以降に早期退職などでリストラ対象となった人も多いわけで、ハッピーリタイヤ組ばかりとは限りません。勝ち逃げの最後と言うよりは、貧しい老後を経験する始まりの世代と言った方がいいのかもしれません。"
「始まりの世代」という点が重要。いまのままバラマキ政治を続けて行けば、いまの現役勤労者の老後はみな悲惨になるからである。

だから大西氏はマーケッティングの対象としてはもっと上の世代を狙えと言われる:
リッチなシルバーを対象にしようとするなら、団塊以上の世代を想定したほうがよさそうです。先行きの不安を抱える団塊の世代は、人数が多くとも、マーケッットの対象としては魅力が薄いのではないでしょうか。ましてこれだけ株安になってくると警戒感が高まり、消費意欲は下がってくるのではないかと感じます。団塊の世代の財布をアテにしたビジネスは厳しそうです。
それよりは、団塊世代より上の世代はまだまだ元気だし、貯蓄も多く豊かだということを新幹線の混雑でつくづく感じさせられます。

でも、散人の実感としては「地方の老人」を狙い打ちすればより効率的だと思う。みな資産家ばかりだし、農地の宅地転用売却で現金を持っている人が多い。悪人どもはすでにそれに気がついていて、新聞なんかではイナカの資産家を狙った犯罪が多く報道されている。マーケッティングも同じ。所詮、都会の貧乏人相手に商売で儲けることは出来ないのである。