2008年7月9日水曜日

『文芸にあらわれた日本の近代』(猪木武徳)

久しぶりに文芸関係の本を読んだ。小生のブログが光栄にも猪木武徳氏の目にとまり、荷風がお好きなようですねと同氏が荷風についても触れられた掲題の本を送っていただいたのだ。日本経済学会の会長も務められたバリバリの経済学者が永井荷風に興味をお持ちだと言うことに驚いた。荷風以外にも、武田泰淳、太宰治、三島由紀夫、谷崎潤一郎、横水利一、小林多喜二、大岡昌平、山田風太郎、夏目漱石などの文学を読み、その中から日本の近代を読み解く手がかりを探るという趣向である。目からウロコの発見が多々あり、裨益するところ多大であった。

文芸にあらわれた日本の近代―社会科学と文学のあいだ
文芸にあらわれた日本の近代―社会科学と文学のあいだ猪木 武徳

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猪木武徳氏は「文学と一部の社会科学が、予想以上に密接な関係を持っていることを痛感する」とされ「文学と経済(史)研究双方が互いに相補うことによって、歴史的存在としての経済社会をより強く実感できる」さらに「経済学でモデルを用いて語ることの『真理』は限られている」として、自然科学的方法ではない社会生活全体の「あるがまま」を外から捉える方法が大切だと述べられる。その時代の人間がどのような熱情と意志を持っていたのかが重要で、ちなみにこの新しいアプローチを開発したのはA・トクヴィルだと。出ましたね〜、大好きなトクヴィル。さらに、文学作品は時代の「良質な観察者」であるといわれる。御意、全く同感。

詳しくは読んでいただきたいが、荷風については『あめりか物語』が書かれたその当時の日本と米国の関係についての詳しい歴史背景の記述が秀逸。大量の日本移民が米国に流入し、警戒され、迫害を受けながらも、日露戦争に勝ったこともあり在米日本人の間に妙な「ナショナリズム(ニッポンエライ思想)」が高揚していた状況がよくわかる。荷風が以来「ニッポン人」から距離を置くようになった背景が理解できたような気がした。(余談になるが、鷗外、漱石、荷風のそれぞれの留学時代の日本の国際的地位と三文豪の思想スタンスの差についての散人流の仮説を持っているが、それは別の機会に)

武田泰淳についての一章がある。左翼の武田泰淳と猪木武徳とでは波長が合わないのではと思ったが、猪木武徳氏は「ひとつの主義・主張と、それを奉ずる人とは区別しなければならない」と武田泰淳が好きなことを認めておられる。これについても、御意、御意、同感。武田泰淳は実に善人で好人物、非常に魅力的な人物なのだ。これは奥さんの武田百合子の随筆を読めば分かる。この本で、水俣病について世のマスコミ論調とは違う一面的でない見方を武田泰淳がすでに書いていたことを知った。世の中は複雑だ。

その他、とても面白いディテールがたくさん。読み終わった感想をひと言で言えば「ニッポンは変わっていない」ということ。「人間は変わっていない」と言うことでもある。明治・大正・昭和・平成、われわれは同じ時代に生きているのだ。古典文芸作品は常に新しい。


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

昨日(8月5日)から毎週火曜日、NHK「知るを楽しむ」で永井荷風が始まりましたようで。
市川に荷風が亡くなる直前まで通ってカツ丼を食べたと言う「大黒屋」が今もあるんですね。
どちらかといえば荷風は敬遠していましたが、散人の荷風への強烈な思い入れをこのブログで拝見し少しはかじってみようかと、この番組を視たしだいです。

Unknown さんのコメント...

あれ、そうですか。残念ながらいま山中湖にいるのでNHK総合は見られないのです(地上デジタルに替えたらNHK1が入らなくなった)。でも大黒家のカツ丼はおすすめできませんよ。「甘くてべちゃべちゃしている」とは坪内祐三の評価で小生も同感。荷風はいろいろ面白いですが、なんといってもあの文章が絶妙。敬遠していた人はまずは随筆のたぐいからはいることをおすすめします。